BLOGOSについて「twitterのつぶやきの方がよっぽど価値があるよね!」


休日出勤の合間に”意見をつなぐ、日本が変わる。BLOGOS”を読んでいた。どうでもいいよなことがテーマになっていた。例えば「橋下市長VS週刊朝日論争に考える マスコミだけでなく、新聞記者も死んだのか」である。
僕には彼らの時代感覚に空いた口すら開かない状態だった。

Media Puppets - Part II

「ソーシャルメディアの時代に何に言っているの?」って感じ?

橋下市長VS週刊朝日の問題は少しだけ知っている。日本の愚かな差別のことも・・・?しかし、もう週刊誌の時代でもない。もっと怒ってほしことは沢山ある。3.11の報道を見ても日本にはジャーナリストも新聞記者も存在しないが分かったことだろう。いや、もしくは日本国民にはジャーナリストなど必要がないのかも知れない。国がどうなろうがお構いなしって感じなのか?

僕自身、福島で何が起っているのか?ソーシャルメディアを通じて海外のジャーナリストの画像を見てびっくりした。日本のことなのに海外のメディアを見なければ見ることの出来ない日本の出来事。それすらも許す国民もかなり可笑しいと僕には思えた。

anger management II (shadower)

日本人は怒ることを愚かなことのように考えている

橋本市長は日本人にしてはよく怒っている。僕は嫌いではない。日本人は怒ることを愚かなことのように考えているような人が多いいようだ。でも、今更、終焉を迎えようとしている週刊誌に目くじらを立てるより、他に目を向けて欲しい。僕がBLOGOSに意見を寄せる人たちも同様に伝えたいことは「時代はソーシャルメディア」ということなのだ。上杉隆氏VS池田信夫氏も同じである。ツイッターによるつぶやきの問題や”上杉隆「読売新聞“盗用”疑惑」に見る言論空間の幼稚性(上杉 隆)”なども僕にはどうでもいいことだ。本当にこんな事で日本が変わるの?今どき新聞紙など魚屋さんが魚を売るときにも使われない。もっとこの日本には、額の血管を浮き立たせて怒ることはあるはずだ。

3-11, 福島地震海嘯, 日本地震,

ソーシャルメディアは日本をを変えらるのか?世界を変えることが出来るのか?

ソーシャルメディアを利用して賢くなった国民も多いことだろう。しかし、日本人においては、もう少し世界に目を向けて欲しいと思う。海外の新聞を見ると必ず軍隊か戦争の記事が必ず掲載されているが、日本の新聞には意味もない政治記事が掲載されている。「3,500円のカツカレーを勝負メシしたことを庶民感覚がない!」などと意味のない報道する新聞より、どこかの誰かのツイッターのつぶやきの方がよっぽど内容が濃いとすら思える時がある。毎日新聞の購読する方がよっぽど庶民感覚がない人間に感じる。また、新聞批判をしてしまった。

Facebook.

FacebookやTwitterでよく言われる「やってはいけないこと?」の可笑しさ?

よく「政治のことをソーシャルメデイアやFacebookでつぶやくのは良くない!」ソーシャルメディアコンサルタント?なんて訳の分からないことを言っている人がいる。ソーシャルメディアだからこそ、自分の好きなことを発言すればいいのに変に友達のことを気にする日本人の変な文化がある。リベートならドンドンするべきだとも思う。くだらない中傷はNGだけど自由に語り合えるからソーシャルフレンドであるし、そんな場がソーシャルメディアではないのか?価値観の違いや指向の違いがあって当然なのである。ソーシャルメディア時代はもっと自由な発言や「この国どうするの?」なんて問題を語り合っていいのではないだろうか?

OPINION: You Can Put Lipstick On The Economy, But It's Still A Pig

新聞やTVの報道を見ているよりBLOGOを呼んでいる方が面白いのは事実だ。でも、Faacebookのユーザーすべてがジャーナリストとなる時代なのだ。もっと多くの人達が意見を言って日本が変わってくれればいい。出来れば、このショーシャルメディアを使って貧困や戦争がなくなればいいとさえ僕は思っている。だからもっとBLOGOさんもマスメディアの問題をこのBLOGOに持ち込むのかはやめて、もっとこの国のあり方や世界のことに意見を交わして欲しい。土曜日の夜BLOGOを読んでそう感じた。

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