Facebook(フェイスブック)を使って涙が出るほど嬉しかったこと

今回のこの記事は特にFacebookを使ってなくてもTwitterでも他のソーシャルメディアでも体験出来ることかも知れないが、正直、僕が自分に降り掛かった問題についてポストするのはFacebookだからだったと思う?

Facebookはリアルな社会とネットの社会はボーダレス!

ソーシャルメディアで暗い問題についてポストするのは余り喜ばれないことを僕は知っている。それでもFacebookを毎日のように使っていて自分の生活でギリギリのところで自分に降り掛かった問題についてポストした。別に多くの人に自分に降り掛かった問題について知って欲しいと思ったのではない。途方にくれた精神状態の中でついFacebookを使って気を紛らせたかっただけでなのです。

all in a day's work

問題は僕の3歳のとてもCuteな娘の病気の再発から!

僕の長女は1歳の時に髄膜炎と言う重い病気にかかった。約1ヶ月の入病生活を終えて、先週の木曜日まではとても元気なお茶目な幼児だった。それが、木曜日の早朝に発熱と痙攣に襲われ入病した。CTスキャンでは、小さな陰が発見されMRIで再検査。結果、髄膜炎のダメージは残っていないという結果であった。僕にとってはあの時の悪夢の再開なのかと落ち込んでしまった。小さな手に点滴する娘。自分では「ママ、ママ・・・!」と泣きながら叫ぶ娘に何もしてあげられない空しさに途方にくれていた。

Facebookで自分の現状を伝えること!

娘が病院に入院したことを会社以外に僕は知らせることをしない。いちいち「娘が病気だと」と友達に電話などしない。しかし、Facebookで自分の状況を伝えるとコメントや直接海外と日本の友達から励ましの言葉をもらった。日本語の話せない妻なので、やらないければいけないことも沢山あった。しかし、このことで会社やクライアントに迷惑は掛けられないと感じていた。

男親とは子どもにとって何も出来ない存在!

娘の夜の付き添いをしながら病室で仕事をしている僕は、娘が目を覚めるがとても怖くFacebookで時より暗いポストをしていた。そして、でも人生には常に問題が発生する。仕事上の問題なら解決の道も探れるのだが、酸素吸入に点滴をして泣き叫ぶ3歳の娘になす術がない。この空しさは多分男でないと分からないかも知れない。

励まされることが涙が出るほど嬉しいことだった。

「地獄のような1歳の時の娘の悪夢がまた起こるのか?」という恐怖は正直あった。しかし、この現状を素直に受け入れることが自分の選択すべきことだとも知っていた。それでも人に励まされるとこんなに力が湧くとは思わなかった。この場をお借りて改めて、励ましの言葉をもらったFacebookのFriendには心から感謝します。

Me and my 542 bestest friends (on Facebook)

Facebookの価値はここにあり!

Facebookは真実の顔が見える。そして、匿名性の強い日本の暗いネット社会のイメージはなく、ネット社会もリアル社会の区別もがない。つまりFacebookで関係が出来たらそれは友達であると僕は認識する。Twitterのフォロワー関係だとそこまでの関係は構築出来ない。全てここにFacebookの価値がる用に僕は思える。

何故Facebookでないと味わえないのか?

冒頭で記載したようにFacebookでなくてもTwitterでも同じような感動を得ることは出来るだろうが、Facebookの友達は、リアルな友達を含め僕のことをある程度知っている人が多いい。つまり、僕のプロフィールや僕の勤め先、職業、住居、ブログや僕の考え方をある程度Facebookにより知って頂けている方の励ましの言葉はTwitterでの関係とはちょっと異なるような気がする。

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